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とまどいと喜びと1杯のコーヒー
あたたかい旦那様とゆー(5年生)みぃみぃ(2年生)、ひろ(5歳)そして私ののんびり生活。トモエ幼稚園満喫中♪
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早起き
我が家は真東に窓がある。小さいけど。
この時期太陽は東よりちょっと北の方から昇ってくるので、窓からは結構ギラギラと日が入る。朝のうちだけね。

この時期になるとあたしもこどもーずも揃って早起きになる。だって外明るいんだもん。

冬は逆になかなか起きてくれないんだけど(笑)

早く起きたからって騒ぐわけでもなくマンガ読んでる…
あたしもぼーっとネットサーフィン。

うーん、ブログ2つって面倒なんだけど読む人のこと考えたら分けたほうがいいんだよなぁ…
読んだ本のこととか子育て以外のこととか書くならやっぱりここは残して別のにするか…

などなど考え中。
きっと結論はGW明け、水星逆行が終わってからだな(笑)
あーそうだ、星読もしたかったんだ~

いろんな方向に思考が飛んでいく。あぁ、春ですねぇ…
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検討中
ブログ、どうしようかなと考え中。
FC2サービスはいいんだけど、続ける必要性あるのか?とか。
いやそれより書きたい内容が育児じゃないんだなきっと。
どのみちチラ裏なんですがね(笑)

ここはこのままにしておいて別に作るのか、ここのままでタイトルとか変えて続けるのか、すっぱりやめるのか。

表現したいこととかも合わせて考える時期なんだろうなぁ…



画像フォルダ漁ってたら出てきた写真…
5年が過ぎた
夕刊の見出しは「もう5年、まだ5年」
それを見たゆーはこれが10年後だったらどうなるんだろう?と聞いてきた。

10年経とうが、20年経とうがまだ、という人はいると思う。そう返した。

5年前は4歳だった彼は知識としてでしか覚えていない。
なぜこんなにたくさんの方が亡くなったのか、
彼が泣きながら「テレビ消して!」と叫んだことも覚えていない。

新聞の写真を見て、何か変わったことがないか聞いてみた。
「…ずいぶん広い空き地だね」そこに気づいてほしかった。
タブレットで検索して、写真を見せた。
津波と、名取川の逆流で流されてしまったのだと思うと説明した。
基礎しか残っていない街並みを見て、私自身改めて被害の大きさを思った。

神戸の震災、今回の震災。
テレビでしか見ていないから想像するしかない。
けれど知らない、記憶のない子供にこの日がどんな日だったか。
その時何をしていたか、そこでは何が起きたのか。知っている範囲のことを伝えることはとても大事なのだと思う。

2011.3.11 14時46分。
普段なら運転している時間。
たまたまみぃみぃが具合悪くて休んでいた。
あの日のことは忘れない。
誰とも連絡が取れず、テレビやラジオは騒ぎ、ツイッターで様々な安否確認をしたことも。

忘れてはいけない。

揺れる。
魔物が住んでるからねぇ、この時期は揺さぶられるのよ。

サラッと経験者は語る。

うん、魔物というならたしかにいる。
去年も一昨年も、その前だってたくさんたくさん揺さぶられて、
もうこんなに苦しくなることはないだろうと毎年思う。

そしてやっぱり今年も揺れる。

声をかけるべきなのか、寄り添うべきなのか。
それともあえて目をつぶるべきなのか。

自分のことではない。他の人のこと。

自分も泣きながら乗り越えてきて、今がある。
きっと、彼女は私には「大丈夫」と振る舞うような気がするから、声をかける時ではない…そう思った。
けれどそれと同じくらい、手伝うよ、一緒にやらせてと思っている自分もいる。

共に動くのは容易い。
でも今年はそれを乗り越えた先に答えがあって、多分、試されてる…んだと思う。

あぁ、揺れる。
でも文字に起こすとちょっと冷静になれるね。
すごくすごく泣きそうでもやんとしてたけど、落ち着いたな。
泣けるときに泣いておいたらいいような気がしなくもないが、泣きたいだけで涙はきっと出ない…
冷静だったのはなぜだ?
昨日の熱性けいれん。

あ、ひろは元気です。めちゃめちゃ元気です。
ただ食欲は戻ってきてないのでフルパワーではない模様。

他の兄弟にも今のところうつってなさげ。頼むぞ、このまま終息して…

それはさておき。
痙攣が起きてた時、なんでこんなに冷静だったんだろうと改めて思いました。

あたし自身が発作を起こすことが記憶残るくらいの歳にあったから、母から詳しく症状を聞かされていたというのもあります。
第一子が男の子だったから、まず頭をよぎったのは熱性けいれんからのてんかんにならないかと結構真剣に心配して、調べてたこともあります。
杞憂に終わったけど。
さすがに初めてだったので、何事?!とは思ったけども、わかりやすい症例だったというのも冷静になれた要因かな…

医療従事者ではないのだけど、元来の好奇心で、自分の検査結果を調べまくったこともあるからなぁ。レントゲン写真見せられて重篤かそうでないかの区別くらいつくしなぁ…
それもこれもあたし自身が患者だった時期が非常に長いからなのだけど。
おそらく人生の半分は大げさだけど、3分の1は間違いなく病院と関わってるし。

血を見ても動揺しないのはともかく、痙攣見てそんなに冷静だとは思わなかったとはパパの弁。
うん、病歴の蓄積が今になって役立ってるのだよ…きっと

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